社会人になってからどん底を味わった結果今がある独立までの道のり その1
コラム
おむすび結成からもうすぐで3年が経ちます。
本当にたくさんの方と出会い、お仕事をさせて頂き、
色々学び、考え、たくさんの素晴らしい経験をさせてもらいました。
色々な人が様々な道を辿って
自分のなりたかった者の階段を上がっていきます。
もちろんそこから脱落する人もいれば
這い上がる人もいます。
どんな事から自分の道が決まっていくのか
その時は想像もつきませんでした。
今、独立という道を選んで進んでみて、
3年経ち社会人になってからの事を
振り返ってみた結果、すごく大事だった事が
わかってきました。
少し長くなるかもしれませんが
社会人になり、どのようにして独立までの道を歩み
何が重要だったのかを知ってもらえればと思います。
・大学生の頃は就職先の選択肢は多かった
自分が大学生の頃は就職先がたくさんあり色々選べる立場にありました。
元々趣味でweb制作やデザイン制作などをやっていて業界に興味があったのですが、その時は大きな会社に勤めたいとしか思っていませんでした。
そしてたまたま友人についてくという理由だけで応募したIT会社から内定を貰い、決まったのが4回生の4月という事もありこの先の活動の面倒さも考え、その会社にお世話になる事にしました。
一応グループ連結で2万人を超える企業で安心していましたがその年の9月にリーマンショックが起こります。
内定者切りが横行し、内定取消しになる友人も多数出始め最悪の事態に…
私の方は内定者切りには合わず、無事卒業して入社をしました。
・就職先は実際何をしているかわからないまま終わった
無事入社出来たのですが、やはり学生の時の選択の甘さが出てしまいます。
サーバの管理、業務用のルータの設置保守などをメインとする会社だったのですが実際入社してみると出向がメインの会社で、スキルを身につけて出向を待つという業務内容でした。
(会社の説明会の際にはそれらしい解説はなかったです。)
またリーマンショックの影響もあり出向していた先輩方の大多数がオフィスに戻ってきており待機室の机が足らない状態に…
そんな事をしているうちに入社して二ヶ月がたったある日、直轄の上司から呼び出され、自宅待機を命じられました。
給与は半分出る、業績が回復するまで自宅待機をしてほしいとの事。せっかく就職したのに会社に行ったのはたった二ヶ月、出向もしていないので日々勉強だけ。
何も経験せず、自分の家に篭る日々になりました。
・無職、いわゆるニート生活
自宅待機が解禁するタイミングがわからないので別で働くのも難しい状況でした。実家も出ていましたので貯金を切り崩しながらなんとか生活を続けました。
実際ニート生活みたいなものなので考える時間はたくさんありました。自分には今何が出来るのか、何か稼ぐ事の出来るスキルはないのか、パソコンは好きだし人より少し詳しい、web制作は少しできるし大学時代から好きだ。今はまだ全然だけどこれを勉強していけば食べられるようになるんじゃないか、デザイン出身でもましてやHTMLだって少ししか出来ない自分でもなんとかなると思い、将来的にはその道に進む決心をしました。
そして自宅待機の時間を利用しHTMLを組んだり、デザインを模倣してみたりと色々制作する事で勉強をしていきました。
自分の思い描いていたプロセスとしては会社に復帰してこのまま自宅で勉強を続けてスキルを上げて将来的に制作会社に行きたい...
こういった流れを想像していました。
しかしその年の9月自宅待機から解雇通知に変わり
無職になってしまいました。
大卒後めでたくIT大手起業に就職するも業績不振により半年で解雇。 24歳でIT会社を起業するも失敗。その後おとなしく制作会社で5年働き18号を巻き込んでおむすびを始めました。利用する人が少しでも幸せになるwebサービスを生み出していきます。